金沢市民合唱団
金沢市民合唱団
2011年4月26日火曜日
きんもくせい5月号を掲載しました
きんもくせい5月号をホームページに掲載しました。
ホームページ左側「INDEX」の3番目「きんもくせい」をクリックして下さい。2月号から5月号までが格納されています。
読みたい方は、なるべくダウンロードして印刷してから、読まれることをお勧めします。
もし、誤字や不適切な表現が目に留まりましたら、遠慮なく野崎までご連絡をお願いいたします。
2011年4月25日月曜日
俳句
4月24日(日曜日)北陸中日新聞の11ページ、「ほくりく中日文芸」に私の俳句が掲載されました。中日を取っている人は読んでください。
中山純子選 佳作
やわらかき「ゆ」の字の暖簾おぼろの夜
松本松魚選 佳作
新聞のクイズに挑む春炬燵
2011年4月17日日曜日
38年ぶりの同窓会でした
近畿大学グリークラブの50周年記念誌が完成して、大阪で開催された完成記念パーティに参加してきた。私にとって38年ぶりの初めての同窓会だった。
「おぅ!野崎やんけ、えらい老けたなぁ」 と先輩の声
「野崎先輩やないですかぁ生きてはりましたん」と後輩の声。
「なつかしなぁ、どないしてたんや」 と同輩に肩をこづかれる
そのたびに、うるっと熱いものがこみあがる。
完成した記念誌を眺めると第10回から第12回の定期演奏会のページには、学生指揮者として野崎晴雄の名前もある。先輩や後輩には関西二期会のメンバーもいる。コールピンネと言う10数名のプロ集団のようなグループのメンバーもいる。パーティのオープニングはコールピンネによるブラームスの合唱曲「愛の歌」から始まった。30分にも及ぶミニコンサートだったが、あまりの素晴らしさに我を忘れて聴きいった。
パーティが終わり、先輩後輩達との二次会では、誰から「ほな、うたおか」と切り出すかと思っていると、誰からともなく、音取りが始まって十八番の小夜曲をなんとドイツ語のまま歌い上げた。周りに居る店の他の客から拍手が沸き上がる。このスーパー爺さん達は一体何者だと思ったに違いない。まだ歌えることに勢いがついたら、あとは学生時代に逆戻りして大騒ぎしてしまい、店には迷惑をかけてしまった。また再会を誓い、堅い握手で別れ、ホテルへの道すがら涙が止まらなかった
最高の最高の同窓会だった
休会
T.奥村です。私は中央公民館合唱団にも所属していて、7月18日に定期演奏会が有ります。
そちらの練習に集中したので、5月、6月、7月と市民合唱団はお休みします。先日、テノールパートリーダーの西村さんに、休会届けを出しました。
宜しくお願いします。
でも練習は彦三館でありますから、毎週金曜日には皆さんと顔は毎回合わせると思います。その時は市民の練習進行状況など、お話ください。
中公の演奏会には大勢見に来ていただきたく、お願いします。
奥村次郎
2011年4月8日金曜日
河原さん
奥村です。最近ずっとお休みをしていた河原さんが、又復帰したいといっています。
帰ってきたら温かく迎えてあげてください。
長く休んでいたので、河原さんを知らない人もいるかと思いますがよろしく。
2011年4月4日月曜日
募金報告とお礼
皆様、4月3日「近江町プラザ:チャリティ ミニコンサート」は寒い中お集まりいただきまして誠に有難うございました。そして大変お疲れ様でした。
予想していたより来訪者が少なくて少々寂しいライブになってしまった感がありましたが、あの寒さの中ではそれも仕方のない事ではなかったでしょうか。
それでも先生方をはじめ皆さんが力を合わせて頑張って歌って下さった事で、そこそこの募金も集める事ができて本当に良かったと思っております。
終了後に近江町会館内の事務所で私と中道さん、能本さん、そしてアルトの松本さんの4名で集計させていただき、早速北國新聞社へ持参いたしました。
その集計結果をご報告させていただきます。
集計額合計=95.678円
(その内コイン10.678円)
以上の通りでした。
皆様のご協力を心から感謝申し上げます。
木村 功
2011年3月18日金曜日
東北関東大震災に思う
あの悪夢の日よりもう1週間がたちました。
あの日私は、合唱団同僚のMさんと二人で市内の老人施設の2階で歌の慰問をしておりました。
ぐらぐらっと来た時、職員の女性が「地震やぞ!!」と天井を指さしました。
窓際のアコーディオンカーテンの紐が揺れて、足元も揺れていました。
時間的には一分ぐらいで、治まりましたがとても長く感じました。
もし、あの時あの場所であのような大地震に出会ったとしたら、大津波に出会ったとしたら、果たして自分はどんな行動をとっていたのだろうか?
そんな事を今考えると、"ぞ〜っと"します。
帰ってから見聴きするテレビ、新聞、ラジオで報道される被災地の現状はあまりにも惨憺たるもので本当に胸が痛みます。
何事も無く過ごす私達が、被災地の方達に出来る事は、物資と金銭での支援と、心で祈るしかありません。
復興にはとてつもない長い年月がかかると思いますが、現地が、日本が少しでも早く立ち直る日が来る事を念じて静かに黙とうして被災者へのお悔やみとお見舞いの心を表しましょう。
木村 功
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